東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)30号 判決
原告は、本願発明と第一引用例のものとの間に、審決が認定する<1>ないし<3>の相違点があることを争わず、ただ、右相違点<2>について、審決が第三引用例のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができるとした判断に対し、本願発明が第三引用例のものとは構成上及び作用効果上顕著な差異があることを理由として、その取消を求めるので、この点について、順次検討する。
1 構成上の差異について
当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第六号証によると、本願発明の制御弁装置は、シリンダー状弁筐の内部を内突縁により三室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結した構成のものであり、また、その特許請求の範囲には、右の点に併せて、「前記弁筐の各室を貫く弁杆に前記内突縁に密合摺動する弁を設け、該弁杆の外端に手動槓杆を付設した手動制御弁装置と……前記制御弁操作杆の前倒、直立、後倒によつて急速上昇、停止、緩速降下を行わしめる」と記載されているほか、発明の詳細な説明の欄には、「作業機Bを下降せしめる場合……にはポンプは……運転継続中の場合は単に交換室を経て油槽に返る循環を行うのみであり、作業機Bは自重により下降しようとするが……シリンダー17から押戻される油は……給排室、交換室を通り排出管7により油槽6に……排出され、……作業機Bは……下降せしめられる。」と記載されていることが認められ、これらの点からすると、本願発明の制御弁装置は、弁筐三室のうち、一方の端の室を排出管により油槽に通じる排出室とし、中央の交換室を挟んだ他方の端の室をシリンダーへの油の給排をする給排室とし、かつ、シリンダーからの油は、中央の交換室を介して油槽に排出される構成のものであることは明らかである。以上を要するに、本願発明における制御弁装置は、弁筐の三室のうち一方の端の室を排出管により油槽に通ずる排出室とし、中央の交換室を挟んで他方端の室を給排管を備えた給排室としたものであり、シリンダー(油圧機関)からの圧油は、中央の交換室を通過させなければ油槽に排出されないという構造のものである。
次に、成立に争いのない甲第四号証によると、第三引用例に開示された制御弁装置は、審決のいうとおり、弁室の内部を内突縁により多室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結したものであるということができる(この点は原告も明らかに争わない。)が、これは、実際には、中央を交換室としてその左右にそれぞれ給排室を一室づつ設け、更に、その両外側に排出管により油槽に通じる排出室を一室づつ設けた複動油圧シリンダー用の五室制御弁装置であり、本願発明の排出室―交換室―給排室の順に並ぶ三室構成の制御弁装置とは、その構成を著しく異にしているものであることが認められる。
このような両者の構成上の相違点に着目して考えると、被告が主張するように、シリンダー状弁筐の内部を内突縁により区画した三室又は五室の制御弁装置が 本願発明の出願時に知られていたからといつて、三室の制御弁装置自体は、特定の先行技術として審判手続において挙示引用されていないところであるし、また、第三引用例における五室の制御弁装置の構成を本願発明における右三室の制御弁装置の構成とし、本願発明をすることも、後述、作用効果上の差異についての説明に徴し、これが容易にできたものということはできない。
また、被告は、油圧制御弁装置においては、必要に応じ一部のポートを塞いで使用することが本願発明の出願前周知の技術であるから、これを前提に第三引用例の制御弁装置の左右両端の室に連通するポートを閉塞すれば、本願発明の制御弁装置と実質的に同一のものとなる旨主張する。
しかし、第三引用例の複動油圧シリンダー用五室制御弁装置を、単動油圧シリンダー用制御弁装置としようとする場合には、弁体のシリンダー右端用ポート(第三引用例の第一図参照)を閉塞するのが慣用手段というべきであり、被告が主張するように、これを、例えば制御弁装置の左右両端の弁室を埋めて閉じ(左右両端のポートを閉塞し)、制御弁装置の右から二番目の弁室に連通するポートを排出管に連通して、排出室―交換室―給排室の順に配列した単動油圧シリンダー用の三室制御弁装置とするような変更は、制御弁装置の構成上又は機能上からみて、もはや設計変更の域を超えたものというべきである。
2 作用効果上の差異について
本願発明の制御弁装置と第三引用例の制御弁装置との間には、前記のとおりの構成上の差異があることにより、両者間には、その作用効果、とりわけ、交換室の作用において、次のとおりの顕著な差異がある。
すなわち、本願発明の明細書における発明の詳細な説明の欄には、1に認定したとおりの記載があり、このような記載からすれば、本願発明にあつては、その制御弁装置が、前1に認定したとおりの構成であることにより、作業機が停止状態にある場合には、ポンプから交換室へ送られる圧油は、単に交換室を経て油槽に戻る循環作用をするのみであり、したがつて、この場合においては、ポンプから交換室に送られる圧油は、無負荷状態で油槽に排出されることとなり、作業機を下降させる場合には、作業機Bのシリンダー17から調節弁装置Dを経て制御弁装置の給排室に押戻される油が、右給排室から前記交換室に入り、同室においてポンプから同室に送られる圧油と合流し、排出室、排出管を経由して油槽に排出されるものということができる。
そして、本願発明の制御弁装置は、前記のような三室構成とされていることにより、一般には、前記給排室の右側(外側)に別の排出室を設ける四室構成にするか、又は、右排出室に代えて、作業機の(緩速)降下又は停止の場合にポンプからの圧油給送管を交換室の左側の排出室もしくは油槽に接続するための切替弁付バイパス回路を設けるなどの何らかの付加的手段を講じない限り、作業機の降下又は停止の際、ポンプから交換室に送られることになる圧油を、負荷状態にすることなく油槽に排出することができなかつたものを、右のような付加的手段を講じないで、また、制御弁装置を四室構成とすることなく、前述のような三室構成により、これをできるようにしたものというべきである。
これに対して、第三引用例に記載の制御弁装置における交換室は、前掲甲第四号証の図面にも明示されているとおり、左右の給排室にポンプからの圧油を交換室に送る働きをするだけで、これには、シリンダーから給排室に戻る油を交換室を介して排出室へ送る働きは全くないばかりでなく、仮にその制御弁装置の一部のポートを閉塞しても、本願発明のような制御弁装置は得られない。
したがつて、本願発明と第三引用例の各制御弁装置における交換室の作用は全く異るものというべきである。
被告は、緩速降下時には、シリンダーから戻つてくる圧油と、圧油給送管から送られてくる圧油とを合流させて油槽に送ることだけが必要となるに過ぎず、合流させる場所が中央の交換室であろうが他の室であろうが、制御弁の機能とは無関係である旨主張する。しかし、油圧回路の制御弁装置は、本来、その機能として油の流れの方向をいかに切替えるかをその使命とするものであるから、その各弁室がどのような働きをするかが重要であつて、そこに制御弁装置としての特徴が見出されるべきものであり、したがつて、制御弁装置の異同は、各弁室と各ポートがどのような油管に連結されていてそれぞれの弁室がどのような働きをするかという観点から論ぜられて然るべきものであり、シリンダーから戻る圧油を制御弁室内で合流させて油槽に排出させる構造のものにあつては、それをどの弁室で合流させるかの点が、制御弁装置の機能を考えるうえで、極めて重要な事項であると解すべきである。そうすると、被告の右主張も採用できない。
3 以上に述べた本願発明の制御弁装置と第三引用例に記載の制御弁装置との間に存する構成上及び作用効果上の差異を併せ考えると、その余の点について検討するまでもなく、審決のいう<2>の相違点については、第三引用例のものから容易に推考できるものということはできないというべきであり、この点に関する審決の判断には誤りがある。
ところで、審決の右判断の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものであることは、審決の理由の構成に照らして明らかであるから、審決は、違法として取消を免れない。
〔編註その一〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨(特許請求の範囲)
作業機を昇降せしめる油圧機関と該機関へ圧油を供給する圧油ポンプとの間に、シリンダー状弁筐の内部を内突縁により三室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結し、前記弁筐の各室を貫く弁杆に前記内突縁に密合摺動する弁を設け、該弁杆の外端に手動槓杆を付設した手動制御弁装置と、前記給排管により、該制御弁装置に連なる通油室を、広狭調節可能の針弁により形成される狭小通路と、逆止弁により通断される大径通路とを介して前記油圧機関への通油管に連通せしめられる調節弁装置とを直列的に介挿せしめることにより、前記制御弁操作杆の前倒、直立、後倒によつて急速上昇、停止、緩速降下を行わしめることを特徴とする農用トラクターの作業機昇降装置。
審決の理由の要点
1 本願発明の要旨
前項記載のとおり
2 引用例の記載
(一) 第一引用例(特公昭三九―二五五四号特許公報)
「作業機Sを上下せしめるシリンダーCと該シリンダーCへ圧油を供給するポンプPとの間に、長手通路の一端に弁体7を、他端には同心状に針杆8をそれぞれ進退可能に通挿して構成した弁筐1を装置した弁装置Vを介挿配置せしめ、この弁筐1と上記シリンダーC、ポンプPとを、また、ポンプPとミツシヨンケースMとをそれぞれ油管ハ、ロ、イ、により連通せしめ、上記通路中における弁体7と針杆8との構成間隙を針杆の進退により広狭変化させるようにし、構成間隙を狭としたとき該弁体7の摘み6によつて弁体を左動、停止、右動することにより作業機Sの急速上昇、停止、緩速降下を行わせるようにしたトラクターにおける作業機上下装置。」
(二) 第二引用例(株式会社日刊工業新聞社、昭和三九年二月一五日発行「油圧技術便覧」(第二〇九頁、第二二一頁、第九一八頁、第九一九頁)
(1) 「圧油の入口と出口との間に広狭調節可能の針弁により形成される狭小通路と、逆止弁により通断される大径通路とを並列的に介在させた調節弁装置。」(第二〇九頁、第二・三七図)
(2) 「油圧シリンダーと油圧ポンプとの間に、制御弁装置とセレクタ弁とを直列的に介挿せしめた油圧回路。」(第二二一頁第二・六六図、第九一八頁~第九一九頁、第一八図、第二三図)
(三) 第三引用例(実公昭三八―一八一二三号実用新案公報)「弁室2の内部を内突縁により多室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結し、弁室2の各室を貫く弁杆3に前記内突縁に密合摺動する弁を設け、該弁杆の外端にレバー17を付設した制御弁装置。」(別紙図面(3)参照)
3 本願発明と第一引用例との対比
(一) 一致点
両者は、ともに「作業機を昇降せしめる油圧機関と該機関へ圧油を供給する圧油ポンプとの間に手動制御弁装置と調節弁装置とを介挿せしめ、弁体の摺動により制御弁装置と圧油ポンプ、油槽、調節弁装置とをそれぞれ適宜連通するようにし、前記手動制御弁装置における弁体の適当位置への摺動により作業機を急速上昇、停止、緩速降下を行わせるようにした農用トラクター作業機昇降装置」である。
(二) 相違点
<1> 本願発明が、手動制御弁装置Cと調節弁装置Dとを、油圧機関Eと圧油ポンプ4との間に、直列的に介挿せしめたのに対し、第一引用例のものは、手動制御弁装置の内部に調節弁装置を一体的に組み込ませている。
<2> 手動制御弁装置の構成が、本願発明では、シリンダー状弁筐の内部を内突縁により三室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結し、前記弁筐の各室を貫く弁杆に前記内突縁に密合摺動する弁を設け、該弁杆の外端に槓杆を付設したものであるのに対し、第一引用例のものでは、弁筐1の内部通路5に弁体7を進退可能に通挿している。
<3> 調節弁装置の構成が、本願発明では、広狭調節可能の針弁により形成される狭小通路と、逆止弁により通断される大径通路とで構成しているのに対し、第一引用例のものでは、弁筐1の内部通路5中における弁体7と針杆8との構成間隙5´を広狭変化せしめシリンダーよりの排油通路としている。
4 相違点に対する判断
(一) 相違点<1>について
第二引用例に記載されている制御弁装置は、本願発明における調節弁装置Dの働きを、また、セレクタ弁は、本願発明における制御弁装置Cの働きを、それぞれするものであるから、第二引用例には、「油圧機関と圧油ポンプとの間に制御弁装置と調節弁装置とを直列的に配置せしめたもの」が記載されているということができるから、この相違点は、第二引用例のものに基づき、当業者が容易になしうることである。
(二) 相違点<2>について
「弁室の内部を内突縁により多室に区画し、中央を交換室として圧油給送管に連結し、両側室の一方を排出管により油槽に通じ、他方を給排室として給排管を連結し、弁室の各室を貫く弁杆に前記内突縁に密合摺動する弁を設け、該弁杆の外端にレバーを付設した制御弁装置の構成」が第三引用例に記載されているから、この点は、第三引用例に基づいて当業者が容易になしうることである。
(三) 相違点<3>について
「圧油の入口と出口との間に広狭調節可能の針弁により形成される狭小通路と、逆止弁により通断される大径通路とを介在させた調節弁装置」が第二引用例に記載されているから、この点も、右引用例に基づいて当業者が容易になしうることである。
5 結論
本願発明は、骨子となる構成において、第一引用例のものと一致し、これに付加された構成は、第二引用例及び第三引用例のものから、当業者が容易に推考できることであるから、全体として第一引用例ないし第三引用例のものから、当業者が容易に発明をすることができたものである。よつて、本願発明は、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(1)
<省略>
<省略>
別紙図面(2)
<省略>
<省略>
別紙図面(3)
<省略>